「お帰りなさいませ」
ホテルマンのうやうやしい礼に軽く会釈しながら受付へ。うん、制服もパリリと綺麗に着こなしているしナイスミドルだし、かなりの高得点。
「お帰りなさいませ、お泊りですか」
「予約した香月です」
「少々お待ち下さい」
受付嬢はうやうやしく礼をして予約の確認をすると、すぐキーを手に戻って来た。おお、素早い。
「×××××(何かもの凄く高い階の番号)、シングルです。では、ご案内致します」
受付嬢の台詞の直後にタイミングよく別のホテルマンが現れ、「荷物をお持ちいたします」と私の鞄を持ってエスコートしてくれた。おお、流れるように洗練された動作。しかもイケメンだから尚嬉しい。
内心うきうきしながら、私、香月莉世はホテルマンに付いて行った。
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私は香月莉世。FEGの政庁城で働いている。
本日、私がこの国が誇る駅前ホテルを訪れたのは立派なお仕事の一貫。このホテルの査定である。まあ、私以外にも何人か派遣されて担当箇所にチェック入れてるだろうからそんな身構えなくてもいいんだけどね。
これも、この国の観光名所をもうちょっとPRしようというプランの一貫なんだ。まあ、全部のサービスが経費になる訳じゃなく自腹も免れないものも多々あるけれど。
環状線を見下ろせるシングルの部屋に招待されると、査定目的と言えど気持ちが盛り上がらずにはいられない。旅行好きには楽しいお仕事なのだ。まあ、好きだからこそなるたけ査定も厳しく行くつもりだけど。
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部屋の備品チェックを終えるとお待ちかねのお食事タイムと洒落込む事にした。
うん、タオルはさらさらで上質。シャンプーもコンディショナーも上等な上に成分表見たら肌の弱い人にも優しい原材料でできていた。調度品も手入れされてるし掃除も行き届いている。よしよし、お客様をもてなす部屋は完璧に整ってる、と。
査定報告はどんな風に書こうかと思いながら私はホテル内の飲食店を物色する。
我が国の藩王が料理好きなだけあってどの店も味に信頼できるのがいい所だと私は思う。あとあと我が国と聯合を結んでいる国のお料理取り扱っているお店も多々あるのが旅行先の名物貪るのが趣味の人間としても嬉しく楽しい。ほら、よその国に興味持って行きたくなるのはよその国のよいものを見て知ってからじゃないですか。
あれこれどこのお店行こうか迷った結果。色んなお料理食べれるバイキングに向かう事にした。ううん、貧乏性というか食い意地張って意地汚いというか。
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ホテル最上階のバーに足を踏み入れて。思わず目を細めた。
かろうじて周囲が分かる位の最低限の明かりしかないけれど。360度景色が見渡せるように強化ガラスの巨大窓から国のビル街から漏れる光がいっぱい見えて。行った事のない宇宙を連想させた。本当は、窓から臨める景色は地上の妖精の園の映像を撮影したものにする予定だったらしいが、あちらはカメラといった機械類が使えない場所だから取りやめたという話だ。
でも、この夜景を眺めてると。人工の明かりもそう悪いもんなんかじゃないんじゃないかと思ってしまった。
カウンターに座って備え付けのメニューを見て苦笑した。
我が国の藩王様はお料理好きだけどお酒好きでも有名で。焼酎だけでもかなりの品数だった。もちろん、こんな洒落たバーとかだとよく見かけるカクテルとかもメニューには書かれてたけど。
「ご注文は?」
「マティーニで」
かしこまりました、と台詞と同時にカウンター向こうのバーテンさんは手早く材料のお酒をシェイカーに放り込んで振り出した。実に無駄がなく、手慣れた動作。間もなくオリーブの実が添えられたカクテルが私の前に置かれた。
そして私は考え込む。これは、私が査定の対象として指示されたバーの様子と店員の仕事ぶりを見る為に注文したものであり、注文しといて難なのだけれど。私はお酒は全く駄目だった。
どうしよう、せっかく作っていただいたもの飲まないのも勿体ないし。てか、流石にお酒1杯じゃ経費落ちないだろうから自腹確定だし。
あわあわと考え込んで周囲を見渡した結果。
「すいません、同じものもう1杯。2つともあちらのカップルに。私には、何かノンアルコールで作っていただけませんか」
押し付ける事にした。もう1杯作ってもらったのは彼氏さんが彼女さんに誤解されない為の配慮だ。
ノンアルコールのカクテルって要はシェイカーで混ぜたミックスジュースだよなあ。なんて思いながら、私は再びバーテンさんの動きに見惚れていた。
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朝。
眩しい朝日に目を細めながら私は報告書を作成した。
サービスもお料理も万全、後は国の観光事業にどう取り込むか………と。
トントン
「おはようございます。朝食をお持ちしました」
「あ、はい。どうぞー」
私の許可と同時に朝食の載ったカーが静々と運ばれて来た。うん、たまには部屋で食べるのもいい。
焼きたてのクロワッサンに野菜サラダにポタージュスープ、果物と言った定番の洋食朝ご飯の出来立ての匂いに頬を緩ませてると。運ばれた朝食の載ったトレイにカードも一緒に載せられているのに気付いた。
「あの、これは……?」
「はい。お客様への言づてをおおせ付かりまして」
怪訝に思いながら手に取ってみて。絶句した。
『昨日はごちそうさま。でも次おごってもらうなら焼酎がいいなー 是空』
『昨日はごちそうさま。でも誤解される行動はほどほどにね 是空素子』
藩王様と奥様でした。
まさか、昨日のバーにいたの………。
気絶しそうになるのに耐えながら、ホテルのバーは藩王夫妻が立ち寄る事もあるらしいと報告すべきか考えた。