●SS PART2
青空を真っ白な線が横切る。キンと耳に響く特有の音は、近くの湖が飲み込んでくれたのだろう。風の音しか聞こえなかった。
ショウ君も、今頃空なのかなぁ、ぼんやり思いながら多岐川は洗濯物を物干しに干していく。陽が暖かくなっているから、夕方には乾くだろう。
風でぱたぱた波打つシャツやシーツ。現在不在の彼のジャージを見て、多岐川は照れ臭くなって。目に笑みがこぼれた。
市場、春のお野菜どの位仕入れているかしら?
小カトーに美味しい物を食べさせてあげたい、て気持ちもあるが。多岐川自身も食べる事が大好きなのである。
洗濯物を干し終わったら内職に秘宝館の仕事をやろう。それから部屋に箒をかけて、市場に行こう。
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FEG自体に食料生産地は存在しないが、共和国全土と聯合を張っているおかげで食糧生産地国から食料を提供してもらえるおかげで食べるものには困らない。それにこの国の首脳陣どういう訳か、皆食べる事が大好きな人間ばかりだ。
よって、市場は活気に溢れ。上質な食材も豊富だった。藩王が藩国に連れ帰った竜胆の二つ名を持つ少女のおかげもあり、最近は政庁城の人間以外の国民にも食は流行になっているようで。昔ながらの国民の方もチラチラと見かけられた。
多岐川が買い物に向かった時間はたまたま奥様方の買い物ピークで。人ごみを通り越して人のビッグウェーブに何度も揉まれ、流されながらも。何とか予め書いてきたメモに書いてきたものをゲットするのに成功し、市場の外れの公園のベンチで缶ジュースを買って休憩する事にした。
子供達が遊びまわるのを微笑ましく眺めながら、ちびちびとよく冷えたそれで喉を潤した。花壇にいっぱいパンジーやらチューリップやらが整列していたのにも、ちょっと誇らしく思えた。
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夕方にもなると、いくら春とは言えどまだ冷える。慌ててベランダの洗濯物を部屋に取り込んでから、多岐川は食事の準備を始める事にした。
朝とは違い、へとへとになって帰って来るであろう彼の為。気合を入れて作るのである。
玉ねぎを一生懸命細かくみじん切りにし、挽き肉・卵・パン粉に塩コショウ、隠し味にオイスターソースとスープの素を加え、よくこねる。粘りが出るまでこねると、小判型にぺたぺた叩いて形をまとめて一旦バッドに分けたそれをのせて。熱したフライパンで1度焦げ目をつけてから乱切りにした人参と一口大に切り分けたブロッコリーを一緒に蒸し焼きにした。
蒸し焼きにしている合間に。トマトを切り分けポン酢とオリーブオイルを合わせた物でマリネにし、新じゃがいのを牛乳で茹でてからチーズと一緒に焼き。きゅうりと缶詰のコーンとハムでサラダを作り、かつおでだしを取っている所で蒸し焼きにしていたフライパンに付けていたタイマーが鳴ったのでつまようじで中まで火が通っているかを確認して。肉汁とケチャップ・ウスターソースにオイスターソースを合わせてソースを作り。付け合せに一緒に蒸し焼きにした人参とブロッコリー、先程用意したじゃがいものチーズ焼きを添えてソースをかけて。ハンバーグが完成した。
先程用意したかつおだしで春キャベツと豆腐で味噌汁を作り、朝に食べた塩昆布ときゅうりの漬物も冷蔵庫から出すと。
ちょっと豪華な夕飯の完成だ。
ちょっと多いかな? 疲れすぎたらご飯食べれなくなるかな? あ、でも戦闘機乗る時って吐かないようにご飯抜かなきゃなんないから多めで丁度いいかな? 今日が終わったらしばらくお休みもらえるって言ってたし。
多岐川はソワソワしながらできあがったものを順にちゃぶ台に運んで行って。
最後にハンバーグを運んだ所でタイミングよく。
「ただいま〜。あ〜、腹減った〜〜〜」
笑顔で帰って来た彼に。多岐川は笑顔と暖かな手料理で出迎えた。
こんな何でもない日はなかなかないけれど、だからこそ愛しい。
愛しいからこそ、こんな日ずっと続けばいい。そう思うからこそ、ちょっと頑張れるのだ。
多岐川とその恋人・小カトーの日常は。こんな感じ。
<了>
●飛行場の近くの家
家を建てようと思った場所は、佑華にとっては当然と言うべき場所であった。
「うるさくない?」
「そんな事ないよ。うちの家滑走路からは結構離れてるから。それにね、湖が近くにあるから、湖が音を吸収してくれる気がするからそんなに音しないんだよ」
小カトーは戦闘機乗りである。当然のように飛行機と言うものを愛している。
ならきっと飛行場の近くがいいだろうなあと思ったのである。
「飛行場の近くに建てていい?」
年末パーティーで当選した時、そう訊いた。
残念ながら小カトーからの返事は聞けなかったが、ここならきっと嬉しいだろうなあと思いここに建てる事にした。
飛行場には小カトーが自分の給料で買った国民戦闘機が置いてある。普段から乗り回しているから、自分の戦闘機にすぐ触りに行けるのは嬉しいだろうなあと思う。
また、佑華にとってもここは居心地がよかった。
飛行場のどの辺りに家を建てようかなとあちこち見て回って選んだここは、湖の畔であった。
昔はオアシスだったらしいのだが、FEGからはすっかり砂漠がなくなってしまい、今では湖と呼ぶのがふさわしい場所であった。
佑華は一度家を買おうと思ったのだがそれを踏みとどまったのは、FEGがあまりに発展して怖くなったからであった。
しかし、こうして湖の畔を見ていれば、FEGもまだ変わっていない場所もあるんだなと安心する。
FEGはすっかり発展した場所だが、この小さなアパートのように、変わらない場所もあるのである。