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ある舞踏体達のつぶやき

「……やっちまったな」
「……やってしまいましたね」
『……やっちまいましたっすね』

 三者三様の言葉。それでいて全く同じ感想。
 周囲は全員総立ちの大歓声。
 その視線の先には両手を高く上げ、全身で歓喜を示すおじい。満面の笑顔である。
 それはまるでオリンピックで金メダルを獲得した選手のようであった。

「オレさぁ……射出便利舎ができた頃からいつかこうなるとは思っていたんだよね……」
「そうですねぇ……現実になるとは思いませんでしたけど……」
『自分、できると思ってなかったっす……』

 何気に射出便利舎創設の頃から投擲移動に関する試験を行うために組んでいた三人にとって、その光景は手の届くところにあるような気がする幻想だった。
 空を見上げるとそこにはキラキラと光る星が一つ。
 勝手に“おじいの星”を命名して、感嘆とも呆れともつかない溜息を一つ。

「なんで投擲で宇宙まで届くんだよっ!!」

 誰もツッコミを入れないので代表してツッコミを入れる。
 無論、その声は歓声に掻き消された。

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 フィールド・エレメンツ・グローリー、略してFEGには射出便利舎という組織がある。
 施設そのものは只の超大型サイボーグ用のプレハブだったりするのだが、これでもニューワールドに広く知られる組織である。
 当時異常なまでの流行を見せていた舞踏体と、超高層ビル建設のために生み出された超大型サイボーグ。
 その両者の特技を兼ね合わせ、尚且つそれを実用レベルで有効に活用するために生み出された投擲移動――『着地に必ず成功できる舞踏体を巨大サイボーグたちが投げる事で迅速に移動する』という至ってシンプルな移動法――を運用するための組織が射出便利舎という組織だった。
 そして、この組織には傍から聞けば冗談のようにしか聞こえないような事でありながら、本気でそれを成そうとする目標があった。
 それが、宇宙まで投擲移動であった。

「しっかし、流石イレブン・ナインのおじいっすよね。自分、感動したっす」
「ついに宇宙まで届きましたからね。これで宇宙への投擲も技術として確立するんでしょうかね?」
「いや、そりゃ無理だろ」

 鍋から器に野菜を移しつつ、きっぱりと断言する。
 FEGの某所にある居酒屋『味比べ』。その店内の一角で投擲試験チームの面々は鍋を囲んでいた。
 ちなみに本来の目的は明日に迫った投擲移動に関するプロジェクトの打ち合わせであり、食事とかをしたいからという理由でこういう場面では全員が生身だったりする。

「何故です?」
「あれはおじいだからできる技だよ。あれはもう技術というより絶技だな」

 舞踏体(今は生身)の若者にそう答えると今度は器に肉を移す。
 普通の投擲では継続的な推力が得られないため最大の敵である重力を振り切るだけの速度を得られず、投擲後は慣性に従うしかないため大気という見えない障害物が正確な位置への投擲の邪魔をする。
 加えて、実際問題として歩兵部隊を投げ上げたとしても広大な宇宙空間での戦闘で役に立つことは難しく、かと言ってI=Dなどを積載できる輸送機サイズまで巨大化した場合、投げ上げる際の問題はより大きなものとして立ちはだかる。
 端的に言えば理論的には可能だが現実的には不可能。
 分かりやすく言えば『左足が沈む前に右足を出せば水の上も走れるよ!』に近いギャグ的な発想が宇宙投擲という技術であり、それは近いようでいて遠い目標だった。
 ……つい先日までは。

「お前さん、仮にそういうのが出来る装備貰ったとして、宇宙まで投げられると思うか?」
「確かにおじいが出来たからと言って、自分ができる気はしないっす」
「だろ?」
「重力を振り切れるだけの推力を得られる速度と大気に絡め取られても正確な位置に投擲できる精度、それに加えて大なり小なりの細かな問題を克服する技量。
 あれはどんなに技術発達してもおじいでなきゃできないっすよ」

 器の中身を平らげながら頷く。
 いまだ破られること無き大記録、『投擲的中率99.999999999%』。
 生身以上の精度で動くことが出来るサイボーグに最新の投擲補佐プログラムを組み合わせても突破できない数値は、おじいの投擲技術が機械で再現しきれない巧の技の域に到達していることを示していた。
 実際、このサイボーグ(今は生身)の青年も投擲者としても投擲試験チームの一人としても古株であるが故に、宇宙への投擲が可能かどうか試したことはあったが、そのいずれもが失敗に終わっている。
 本人曰く、パワーと精度の両立が物凄く難しいらしく、実際にその辺りの絶妙な配分はおじいの技量によるところが大きかった。

「そう言われると、おじいって凄いんですねぇ」
「まぁ、お前さんは普段投げられる方だからな。たまには逆に投げてみたらどうだ?」
「止めておきます。僕が投げたら宇宙に上がらずに地上部に落ちちゃいま――ぎゃふん!?」
「……うわ、箸が刺さってる!? 監督、そんな上手く投げられたんっすか!?」

 舞踏体(今は生身)の若者の冗談に聞こえない一言に、冗談に見えない一撃で応じる。
 近距離に限って言えばおじい顔負けの速度と精度で投げられた箸が頭のすぐ横の壁に突き刺さっていた。
 もっとも、ボールの投擲というよりはナイフの投擲に近いので、おじいに関係もなければ投擲移動には何の役にも立たない技術である。

「お前、一生投げるな。絶対投げるな。投げたら当てるぞ」
「……はい……」

 よろしい。と頷き、刺さった箸を引き抜いて再び鍋に向かう。
 本題である打ち合わせが始まったのは鍋の中身が無くなってからの事だった。

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「実際、この投擲技術で何処までいけるんでしょう?」

 打ち合わせを終え、揃って帰り道を歩いていると舞踏体(まだ生身)の若者が呟く。
 空には今日投げ上げられた“おじいの星(仮名)”が見えた。
 ちなみにこの星、投げ上げる際のGなどを調べるために幾つかの観測機器を搭載した巨大なボールである。

「さぁなぁ……。実際、宇宙投擲技術ってのは、おじいの天性の才能と今日までの弛まぬ努力の成果なんだろうしな」
「そうっすねぇ……」
「ただ、まぁ、おじいは何処までも投げる気でいるよ。多分ね」

 宇宙への投擲にはまだまだ課題が多い。
 投げる側にとっても、投げられる側にとっても。
 だが、投げる側――おじいは、その課題を超えていくだろう。
 より早く。より遠くに。そしてより正確に。おじいは投げ続けるだろう。

「そうなると、次は僕達がおじいに答える番ですね」
「そうっすね」

 そう。今はまだ、“宇宙まで届いた”だけなのだ。
 宇宙まで届くようになって、その技術――否、絶技をどう活かすのか。それを単なる記録にしないためにどうするのか。
 それは投げられる側の課題である。
 そのためのプロジェクト、投擲往復対応輸送機の開発もいよいよ有人での投擲飛行を行う段階まで来ている。
 射出便利舎から始まる投擲移動の歴史に、間もなく新たな項目が加わろうとしていた。

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